葬儀業界の渦でもがく

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【第6回】葬儀は誰のために

今日お話ししようと思っているのは、少し葬儀に携わる人間としての思いというか、考えというか、そんなところのお話です。

常日頃人の死の近くで仕事をさせてもらっている身として思うことなんですけど、

 


葬式って誰のためにあるんだろうと。

 


これを考えるといろんな意見があると思うんです。

大きく二つに分けることができます。

亡くなった方と残された方。

このどちらのためにあるんだろうという問題がよくあります。

例えば、故人は家族だけで送ってほしいって思っていたとします。 けれども、残された家族としては、他の親戚に知らせないわけにはいかない。 あとあと、なんで死させてくれなかったのって言われたら、今後の付き合いに響くとか。 もし会社を経営されている人だと、今後の仕事上のお付き合いに支障が出るかもしれないとか。

そんなことを考えることがあります。

どちらが正しいっていうことはないと思うんです。

じゃあ、そんな時どうしたらいいのっていうのが、葬儀のちょうどいい落とし所を見つけるっていうところなんですね。

よく私のお手伝いをする中でも、こういった事案があります。

故人様は、いわゆる日本古来の宗教色を前面に押し出した葬儀じゃなくて、 無宗教の葬儀で送ってほしい。

けれども残された家族としては、お寺さんのお経のないお葬式っていうのはダメなんじゃないかなと。

こんな風なことが葬儀をこれから打ち合わせしていこうという中で問題になることもあるんです。

これもケースバイケースなんで、一概にどっちがいいっていうこともないです。 お付き合いのあるお寺さん(菩提寺)があったりすると、無宗教の葬儀をするのはダメですよっていう場合も中にはあるので。

ただそういうお寺さんの縛りとかがないような人ならば、無宗教のお葬式っていうのは選択肢としてはあり得ます。

故人様の家族の意見をどちらも汲むならば、例えばお葬式自体は無宗教で行って、 火葬をする時に火葬炉の前にお寺さんに来てもらってお経を少し読んでもらうというのはどうかとお話をすることもあります。

そんなのアリなの?って思う人も中にはいるかもしれませんけど、ダメな理由がないんです。

やっぱりお経があった方がいいっていう思いも叶えつつ、故人様の意思も叶えつつ、 っていう両方を取るんであれば、ひとつの折衷案にはなるんです。

こうやってお葬式っていうのは、残された人、亡くなった人、どっちもの思いを反映させるものであっても、僕はいいと思います。 僕はなるべく、どっちにとっても最良の選択になるように選択肢を上げられるよう努めていこうと心では常に思っています。

何か葬儀に関して、こういうやり方ってあるんですか?とか、こういう考えってありなんですか?とか、気になったらば、私に聞いてもらってもいいですし、近所の葬儀屋さんに相談してみるのもひとつありだと思います。

再度繰り返しますけど、僕の思いとしては、

お葬式は残された人、故人、どちらにとっても最良の形というものを模索するべきだと思います。

今日話したいのはそんなところでした。

お疲れ様でした。